2016年9月27日 (火)

新鮮と安全とは違うもの〜カンピロバクター食中毒

あれ、また発生したの?
とニュースを聞いて、やや驚いた。
カンピロバクターによる食中毒だ。

長野市では、八月に三件の食中毒が発生し、
みな、カンピロバクターが原因とされた。
ひと月に三件もの事故が、
同じ市内で起こるのは異常なことらしい。

そこで、長野県は、全県に、
「カンピロバクター食中毒注意報」を発令したそうだ。
にも関わらず、
九月になって、また長野市で、
食中毒が起こってしまったのだ。

食べ物屋のブログに、
食中毒の話などするなよ。
などといわれそうだ。
まるで、飛行機に乗ったときの、
ライフジャケットと、
酸素マスクの使い方を、
聞かされているような気分になってしまうことだろう。

だけど、聞いていただきたい。
カンピロバクターは、今までの常識とは違うのだ。

昔からの食中毒であれば、
食材を、不注意に放置することによって、
食中毒菌が繁殖してしまうのが原因だった。
例えば、今では少なくなったが、
魚介類の「腸炎ビブリオ」などがそうだった。
だから、食中毒といえば、古いもの、
放置したものを食べて起こると思ってしまう。
そうさ、新鮮なものなら問題ないはず。
と、思い込んでいる方は多いのではないだろうか。

ところが、カンピロバクター菌は、
違うようだ。
この菌は、鶏、豚、牛などの内蔵にいて、
解体の時に、肉に移ることがあるのだそうだ。
そして、解体したばかりの肉にも、
充分に、食中毒をおこすだけの菌が、
付着している可能性があるという。

それを、生や、半生の状態で食べるのは、
極めて危険なことらしい。
いや、ある関係者の言葉では、
鶏肉などでは、肉が新鮮なほど菌が元気なので、
かえってアブナイという。

だから、鶏のレバーやささみの刺身や、
鶏肉のたたきなどは、食中毒になる可能性が大きいと言えそうだ。
焼き鳥屋で、「レバーを半生で!」などと注文しているお兄ちゃんも、
危ない橋を渡っているなあ。

カンピロバクター食中毒の潜伏期間は1〜7日と長く、
また、下痢や腹痛が収まっても、
あとになって手足などが麻痺する、
ギランバレー症候群を発症する可能性もある。
だから、あえて、生の肉や生焼けの肉は、
食べないに越したことはないようだ。

私も、揚げソバのあんかけに、
鶏肉を使っているから、
取り扱いに注意することにしよう。

ここのところ、
昔の常識が、通じなくなることばかり。
頭を柔らかくして対応していかなければ。
とにかく、
生の肉に対しては、
「新鮮だから安全」ということは、
まったくない事を、覚えておこう。

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2016年9月12日 (月)

今年も北海道でそばの被害が、、、偏る雨の降り方。

今年の長野の夏は、
雨が少なく、畑の野菜の成長も今一つだった。
七月の梅雨の時期にほとんど雨がなく、
八月には三週間以上も、一滴も降らないことがあった。

空はいかにも振りそうな様子なのだけれど、
山の裾や、川の向こうは降っているようなのに、
私の畑は、カラカラに乾いているだけ。
週に一度の休みの日にしか水を運ぶことが出来ず、
それも、しれた量だ。
おかげで、ニンジンやレタスの芽が出ず、
きゅうりのつるは延びず、
冬瓜や錦糸瓜も、小さな実しか出来なかった。

こんな年もあるのだね。

と思えば、有り余る量の雨に苦しまされたところもある。
すでにお聞きのように、北海道では、
農作物に、甚大な被害がでたようだ。
そして、北海道といえば、
国産の半分近くを生産するそばの産地でもある。
折しも、そばの刈り入れ時、
どうしても被害は免れないだろうなあ、、
と心配している。

思えば三年前にも、
やはり、台風による大雨の影響で、
北海道産のそばがほとんど採れず、
価格が跳ね上がったことがある。
今年も、どうやら、先行きが不安定な様子だ。

今回は、十勝地方が大きな被害を受けたという。
そばどころの新得町では、
今月下旬に予定していたイベント「日本そば博覧会」の中止を決めたという。
一方、やはり大きな産地である北部の幌加内では、
今月初めに「新そば祭り」が開かれ、
こちらの方のそばは、順調のようだ。

どうしても、自然の影響を受けやすいのが、
そばをはじめとする、畑の野菜達。
適度な日照と、適度な雨。
それが続くのが一番いいのだが。

先日登った苗場山には、
標高二千メートルの山頂付近に、
広い湿地帯が広がり、
小さな池が点在している。
山の頂上に、
これだけの水があるのが、
なんとも不思議で、不思議で、
今でも、首を傾げている。

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2016年8月 1日 (月)

牛乳を飲む人より、それを運ぶ人のほうが健康だ。

テレビはめったに見ないのだが、
たまに見ると、健康関係のコマーシャルが多いのに驚かされる。
ラジオなども、休日の早朝などは、
怪しい健康番組ばっかり。
新聞だって、大きな紙面を割いて、
サプリメントや、健康器具の広告が目に入る。

いわく、
これを飲んで理想の体型を!
目の疲れには、成分を20倍も凝縮した〇〇!
朝、スルッと出る!
失われやすい骨の成分を補う!
朝の目覚めが違う。!

などなど、なんだか、
聞いていると、元気になるような気がするが、
その根拠は、あやふやだ。

私なんぞも、腰痛に悩まされているので、
「腰の痛みに〇〇」なんぞと言われると、
つい、試してみたくなってしまう。
高齢者の増えた世の中、
誰しもが抱えている、
健康への不安。
決してすべてがそうではないだろうが、
これらのコマーシャルは、
そんな心の隙間を狙っているような気がして、
私は、いつも、あまりいい感じがしない。

やはり、自分の健康を守るのは、
日々の生活習慣だろう。
特定の食べ物や、薬に頼っているのは、
なにか、健康的ではないように、私には思えるのだ。

特に、食べ物だけでなく、身体を動かすことも大切だ。
西洋のことわざに、
「牛乳を飲む人より、それを運ぶ人のほうが健康だ。」
という言葉があるとか。
なるほど、日々牛乳を飲むことは、体に良いが、
それとともに、身体を使っている人のほうが、
元気でいられるということだね。

さらに、こんな言葉も。
「二本の脚は、二人の医者」
つまり、自分の足で動き回れるということは、
内臓も、心臓も、脳も元気だということなんだね。

ということで、日頃の運動不足を感じている私。
健康への不安は、なにやら怪しい薬や食品に頼るのではなく、
自分の脚で作っていかなければ。
少しでも歩く機会を見つけていきたい。
そうしてねえ、
こういうことわざを、世の中に広めたいねえ。

「そばを食べる人より、そばを打つ人のほうが健康だ。」

もちろん、そばを食べていただくのは、
大いにけっこう。
死ぬまで長生きできること、請け合います。

ということで、先日歩きにでかけた遠見尾根でみた、
シモツケソウ。
全部咲くとうるさいが、咲き始めはカワユイ。



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2016年7月12日 (火)

手袋をしてそばが打てるか!

以前にアメリカ人のシェフが、
料理を説明する動画を見たことがある。
慣れた手つきで、魚や肉をさばき、
野菜を刻んでいる。
なるほど、どこの国の料理人も、
すごい技を持っているものだ。

でも、あれっと、
その手さばきに、違和感を覚えた。
なんと、手袋をして調理をしているのだね。
これは、衛生のため?
それとも、手が臭くならない、、
いや、手を保護するためなのだろうか。

その後、
アメリカのニューヨークでは、調理の時に、
手袋の着用が義務付けられていると聞いて納得した。
市の衛生局の決まりなのだね。

そこで困っているのが、
寿司屋だそうで、ネタを握るのにも、
手袋をしていなければならない。
微妙なシャリの握り具合がわかりにくいし、
海苔を取ろうとしても、指でつまめない。
寿司は、細かい指先の仕事だから、
いい仕事をしようとすればするほど、
手袋がじゃまになってしまうのだそうだ。

だから、検査の時だけ手袋をはめる店が多いとか。
中には、そんな規則は、寿司文化に似合わない、
と言って、手袋を使わずにいたら、
一時閉店に追い込まれた寿司屋もあったとか。

さて、
そば屋だって困るだろうなあ。
だいいち、手袋をしていては、
そばを打つことが出来ない。
水回しだって、手袋にこびりつく粉を拭えない。
延ばす時には、手の平で滑らすことが出来ないので、
麺棒を転がすことが出来ない。
切る時も、微妙な厚さの感覚が、
解らなく、、、、、いや、今度、暇な時に試してみよう。

茹で上がったそばは、
手首まで水に入れて洗わなければならない。
そして、洗い終わったそばを、
指先でつまんでせいろに盛るのだ。
手袋をしていても、そばをつまみ上げる事ができるだろうか。
手抜きのそば屋のように、
そばが団子になったまま、盛らなければならなくなるかもしれない。

だいたい、手袋をしたからといって、
清潔とは限らないのだ。
工場などで、同じような仕事を繰り返すのならいいが、
飲食店では、その手で、様々なものに触らなければならない。
手袋をしていれば、逆に、汚染されたものに触れても気付かず、
そのまま作業を続けることになってしまう可能性がある。

だって、最初のシェフだって、
生魚を持ったあと、そのまま包丁を握って切り始めている。
私達だったら、包丁を握る前に、
必ず手を洗うだろう。
包丁の柄は、意外と汚れやすい場所なのだ。

我々日本人だったら、
手袋を使わずに、すぐに水で洗い流せばいいと思うが、
アメリカ人には、そいうい習慣がないのかもしれない。
しかし、
法律で一律に規制されているのであれば、
それに従わなければならない。

ということで、
ニューヨークでは、いいそばを作れそうもない。
だから、「かんだた」のニューヨーク進出計画は、
取り止めとなったのだ。

、、、、って、そもそも、
、、、、そんな計画あったっけ。

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2016年6月16日 (木)

ネットで話題になるより、実際に店に来られるお客様が大事!

なにやら、私のまったく関わらないところで、
私の店の中のあるものが、
ぅわっと話題になり、
あっという間に静まったようす。
ネット社会というけれど、
改めて、そのバーチャル、
仮想社会の空虚さと、
恐ろしさを実感したところ。

今月の初め、
ホームページのアクセス数が、
異常に増えていることに気がついた。
平日なのに、普段の20倍以上のカウントがある。
アクセス解析を試みたが、
ほとんどの人が、
大手検索サイトから入ってきている。
つまり「かんだた」の名を入力して検索しているのだ。

以前にも、人気のブログなどで取り上げられ、
そのリンクで入って来られる人が増えたことがあったが、
今回は、そういうケースではない。

なんだろう。
ネットの中で、
なにやら、私の店のことが、
取り上げられているらしい。

そのうちに、
知り合いやお客様からご連絡をいただいた。
今、ツイッターで話題になっていますよ、、、とのこと。

そうしたら、
私の店においてある、
「そばの食べ方九箇条」が
キレイに写真で整理され、転送されているという。
あれえ、これか。

多くの方に、その写真が、リツィート、
つまり、転送されていたのだ。
それで、ホームページのアクセスが増えたのだね。

そんな、数字が増えたのは、その後の三日間だけ。
あとは、風船が縮むように、
あっという間に、静かになってしまった。

東京のテレビ局から電話があって、
ぜひ、この話題を取り上げたいとのこと。
まあ、それも、悪くないなと思って聞いていたら、
長野まで取材に行けないので、
映像を送って欲しいとのこと。

えええ!
と思ったが、カメラの動画機能を使って、
指示されたような映像を何度も撮り直しては、
まとめて、ネットで送った。
そんな映像だけれど、
たった一分のコーナーに、
上手にまとめていただいた。

てなことで、
なんやら大騒ぎをしたわけだ。
それでは、店に来るお客さんも増えたでしょう、
と皆さんに言われたが、
多少はそういう方もいらっしゃるかもしれないが、
それほど、変わりのあるわけではない。
ほぼ、いつものとおりなのだ。

ある人がラジオで言っていたが、
ネットでモノを言う、
またアクションしている人たちは、
リアルの世界には出て来ないという。
ネットの中の、居心地の良いコミュニケーションの中で、
指先の動きを楽しんでいるだけだとか。

まあ、そういう世界はよくわからないが、
ネットの世界では、
ちょっと興味のあることがあると、
あっという間に広まってしまう。
それがいいことであればいいけれど、
時には悪いこともあるのだ。
そして、
すぐに、また、新しい話題へと移ってしまう。

今度のことで、
ツイッターのフォロー数が増えたわけでもないし、
フェイスブックのいいねが増えたわけでもない。
このブログのアクサス数も、何ら変わることもない。

大切なことは、
お客様に必要な情報を伝えるために、
ネットを使って発信し続けることなのだろうなあ。
そしてもちろん、
一番大切なことは、
実際に、店にお越し頂いたお客様に、
満足していただけるように、
努力し続けること、それそのもの。

そういえば、
何年か前に、
このブログの記事が、
大手検索サイトのトップページからリンクされて、
一日で5万件も読まれたことがあった。
あれも、一日限りでそれっきり。
とにかく、ネットも大切だけれど、
リアルのお客様に、目を向けなければね。


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2016年5月26日 (木)

私は「十割」より「二八」が食べたいなあ。

そば打ち名人と呼ばれる人に、高橋邦彦さんがいる。
当時としては珍しかった自家製粉のそばを打って話題になった、
山梨の「翁(おきな)」を作った方だ。
今では広島に「達磨(だるま)」という店と、そば打ち場を構え、
若い人たちの指導をおこなっておられるという。

その高橋さんが、普通に打たれるそばは、
十割ではなく「二八」なのだそうだ。
私も、一度、あるイベントでいただいたことがあるが、
すっと、喉を滑っていく、実に、素直な、キレイなそばだった。
自家製粉にありがちな、そばの強い香りが、様々な雑味が、
鼻に引っかかることもなく、
すっといただけた。

高橋さんのお話しによれば、
そばは、味ばかりではない。
食べやすさということも大切なのだという。
だから、そばの基本は「二八」なのだそうだ。

ある有名なそば屋さんも、
昔は、自家製粉の十割を売りにしていたのだが、
今は、割子の入ったそばに変えておられる。
つなぎ粉の入ったそばのほうが、
そばの味を高めることに気がついたからだという。

いわゆる老舗で、しっかりと修行した方のそば屋は、
けっこう「二八」にこだわっているところが多い。
様々なそば粉を試しておられる、
そばの業界の方々も、
そば粉の味とか香りばかりではなく、
多くの方に好まれている「二八」にした時に、
どんな食感になるかが、気がかりなのかもしれない。

もちろん、十割だって、技術的な難しさもあるし、
そばに向き合う事ができる。
そういうそば屋があることは、
もちろんいいことだ。
だけど、
「十割」のほうが「二八」より偉い!
みたいな言い方はどうだろうか、、、と思ってしまう。
そんなコメントを、頂くことが、まま、あるのでね。

あえて「二八」を選んでいるそば屋もあり、
「十割」だからといって、
質の高いそばとも限らない。
むしろ、そういうことにこだわらずに、
そばを楽しんでいただければと思う。

かくいう私も、休日の日にそばをたぐるのなら、
味の強い「十割」よりも、
端正に打たれた、のどごしの良い「二八」を選びたいなあ、、、
、、と思っている。

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2016年4月25日 (月)

そばの味を見るのなら、十割よりも二八。

そばの業界には、私のようなそば屋ばかりではなく、
様々な人、業態の人が関わっている。
そば粉を作る製粉屋さんだったり、
乾麺などを作る製麺屋さんだったり、
玄そばを管理する問屋さんだったり、
製粉の機械を作る会社の人だったり、
とにかく、様々な人の手を経て、そばは出回っている。

そういう、なかなか表にはでないが、
いわゆるそば業界関係者の方々には、
ものすごく熱心な方々がいらして、
幅広く、そばを食べ歩いたり、
試したりされている。

私なんぞ、自分で打つそばのことだけで、
偉そうなことを言っているが、
そういう方々の知識と経験には、
とうてい及ばないと思うことがある。

ただ、旨い不味いではなく、
実に客観的にそばを分析しているのだね。

知っている製粉屋さんにはそば打ち場があって、
こまめにそばを作って試しているし、
乾麺屋さんなのに
社員でそば打ちコンクールをしている会社がある。
そばを挽く石臼を作る会社の人も、
いくら物理的にいいそば粉を作っても、
実際にそばにして、食べて見ないと、わからないと言っている。

そんな業界の人達がよく言うのは、
そばの味を見るのには、
二八で打たれたそばがいい、とのこと。

あれ、
そば粉の味を見るのなら十割じゃないの、
と思ったら、
これがちがうのだよねえ。

どうして、
そばの味に厳しい業界関係の人達が、
十割ではなく二八というのだろう。

そばは十割でなければ、
と言うお客様もいる。
二八よりも、十割のほうが、
何か、「偉い」気がしてしまう。

でも、本当は、そばの味を見るには、
二八のほうがいいのだね。
いや、そば粉の質を見るには、、、
といったほうがいいのかなあ。

なんて話はまた今度。
世の中これからゴールデンウィークに入ってしまうので、
今度、、、がいつになるか、、すみません。

先日行った松代で見たハナモモです。
一本に、赤と白の花が混ざっている珍しい木ということで。


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2016年4月11日 (月)

恋の行方は「そば屋の荷物」。

今から200年ぐらい前の東京、
いや、江戸には、たくさんのそばの屋台があったという。

屋台と言っても、荷車を押しているようなものではなく、
荷物をかついで、そばを売り歩いていたようだ。

錦絵などによると、
縦に細長い四角い箱が二個あって、
その間に棒を渡して担いでいたようだ。
この箱の一方には七輪や鍋が入っていて、
もう一方に、汁やどんぶり、そばが入っていたという。

今の方に「七輪(しちりん)」と言っても通じないかもしれないので、
火の着いた炭の入っているコンロのようなものだと思っていただきたい。

落語の「時そば」のように、
客に呼び止められると、
七輪を出して炭を扇いで火をおこし、
汁を温めて、中にそばを入れて提供したのだろう。

お湯から茹でることは出来ないので、
おそらく、すでに一度、茹でてあるそばを、
持ち歩いていたのだろう。
ちょうど、駅の立ち食いそばのようなもの。
温めて汁に入れるだけで、すぐに食べられる。

なにしろ、生きた火を肩にかついで持ち歩いているのだから、
火事の心配があった。
そこで、こういうそば屋の「煮売り」は、
お上によって、たびたび禁止されたそうだが、
需要があるかぎり、そういう商売は衰えない。
そのうちに、期間と場所を限って、
認められるようになったとか。

江戸の街の若者、熊さんと八さんの会話。
「ようよう、煮豆屋のおみっちゃんは、
俺に気があるんだぜ。」
「そんなことねえよ。
なんで、あのおみっちゃんが、
おめえなんかに、気があるっていうんだい。」

「そうよ、俺が店に行くと、
いつも、いい笑顔で迎えてくれるんだ。」
「そんなこと、誰にもしていることだ。」
「俺のどんぶりに、豆を山盛りにしてくれるんだ。」
「そんなこと、誰にもしていることだ。」
「そのどんぶりを渡すとき、
こうやって手をそえてくれるんだよぉ。
だから、きっと、俺に気があるんだぜ。」

「そんなこと、、。
おめえなんか、どうせそば屋の荷物よ。」
「なんでぇ、そのそば屋の荷物ってぇのは?」
「片方だけが、熱いってことよ。」

そんな会話があったかどうか、
本当のことは知らない。
そばの「煮売り」の定められた期間は、
陰暦の重陽の節句(9月9日)から、
桃の節句(3月3日)までというから、
ちょうど今頃の時期まで、売られていたことになる。

いくら火を持ち歩いているからといって、
寒い季節に、荷物をかついで売り歩くのは、
大変なことだったろうなあ。
売れる日もあり、売れない日もある。
荒れ模様の天気の時は、どうしたのだろうか。

暖かい店の中で、
アクビをしながらお客様を待っている私なんぞ、
まだまだ、努力が、、、
あ〜あ〜、、またアクビがでてしまった。

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2016年4月 4日 (月)

あれ、売り切れちゃった「桜エビ切り」

先日は、つい体調を崩し、
三日ほどお休みをいただいた。
暖かくなって、気が緩んだせいかもしれないなあ。
ご迷惑をおかけして、
まことに申し訳ございません。

先月の変わりそばの日は、
春を感じさせる海の香りということで、
「桜エビ切り」を作らせていただいた。
変わりそばは、白い更科そばに、
季節の食材を加えて、
楽しんでみようという、遊び心のそば。
思ったより「桜エビ」は、
皆さんの好感度が高く、
あれよ、、、、と言ううちに売り切れてしまった。

使った桜エビは、
もちろん国産、、、、と思ったけれど、
昨年は不漁で値が上がってしまって、
やむなく台湾産です。
着色料や添加剤は無添加のもの。

Photo
このエビを、電子レンジを使って、
さらに、カラカラになるまで乾燥させ、
ミルにかけて粉にする。
それを細かい網でふるう。
目やひげや、皮の部分が残るので、
フルイを通すと、かなり量が減ってしまうが、
なめらかなそばを作るために必要な作業。

そこで出来た粉を、
熱湯で回した更科粉に混ぜる。

Photo_2
あとはいつもの更科を打つのと同じ作業だが、
エビの粉自体には、そば粉と仲良くしようなんて気持ちはないから、
ばらばらになりやすい。
そこをなだめながら、注意して生地を伸ばしていく。
なにやら、甘い香りが立ってきて、
大きなエビせんべいを作っているような気がしたりする。

Photo_3
そうして、
なんとか、薄い生地に伸ばしていく。
この時の生地の扱いが難しいから、
難度の高い変わりそばと言われるのだろう。

それでも無事に、
切り分けて、そば生地が完成。

Photo_4
この日はたまたま、女性のお客様が多かったのだが、
いつもだったら、敬遠されがちな変わりそばも、
すんなりとオーダーが通ってくる。
皆さん、エビはお好きなご様子。
ありがとうございました。

Photo_5

ということで、
これに懲りず、今月は(24日)「さくら切り」の予定。
桜の葉を打ち込んだ、香り高いそばです。
これは難しくはないけれど、
作るのに手間がかかるのだよねえ。

でも、
そんな季節の遊び心。
そばには、そんな楽しみもあることを、
知っていただきたいなあ。


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2016年3月14日 (月)

気をつけなければいけない経年劣化、、、あれっ、私のことかなあ。

休みの日に、ある中華料理店に入った。
ここは開店して5年ほど経つ店だ。
ご主人は、ある、高級店で修行した方で、
気楽な値段で、そんな料理が楽しめるので、
開店直後から、人気のあった店だ。

ところが、久しぶりに店の中に入ると、
何か、以前と違う気がした。
奥の席に座ると、どこからか、スエた臭いが漂っている。
メニューは変わらないのだが、
メニューブックは、だいぶよれよれになっている。
壁のビールのポスターは、
カドがめくり上がっている。
壁に這わせた、プラスチック製の植物の葉は、
前は鮮やかな緑色だったのに、
今は、褐色に見える。
天井には、エアコンの吹き出し口に黒い筋が。
手をテーブルに置けば、なにやらベトッとする。

相変わらず、店は忙しそうだが、
以前に比べれば、少しさびしいなあ。
そういえば、店員さんも少なくなっている。

さて話は変わって、
もう三十年以上もやっている焼き鳥屋さん。
昔はたまに来たこともあるけれど、
機会があって、十ん年ぶりに入ってみた。
以前と変わらない佇まい。
使いこなされた木のカウンターに、
そこから見える格子の戸棚。
どれも綺麗に磨かれている。

メニューボードも昔のままだけれども、
きちんと、新しい板で書き直されている。
人のことは言えないけれど、
それなりの歳を重ねて来たマスターも、
シャキッと、お客様を迎える姿勢が感じられるね。

食べ物屋は、
長く続けてこそ、
人の記憶に残り、そして、支えられて行く。
でも、
その店の風化は意外と速いのだ。
いや、店の雰囲気というか、
様々なものが、
あっという間に、時間に取り残されてしまうのだ。

料理の方に気を取られてばかりいれば、
そういうことを見逃すことになるのだね。
最初はキレイで居心地がいい店も、
放っておけば、そうではなくなっていく。
そういうものに、
お金と時間をかけていくことも、
料理をつくることと同じように大切なことなんだね。

などと言いながら、
我が店を見れば問題ばかり。
カウンターの電球は、天井から外れてぶら下がっているし、
その椅子も、ギシギシ言うし、
そろそろメニューブックも、キレイにしたいし、
座布団の丸洗いもしなければ、、、。
と思いながらも、なかなか進まない。

何しろ、一番問題なのは、
十年前の写真を、
堂々と掲げていることだね。
誰、この人、、、、と言われそう。
この人の経年劣化のほうが、
よっぽど著しい、、、、かもね。


 

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«最高級の昆布を使っても、そば自体はおいしくならない。